ダッカ、野生の都市(3) ”ルイス カーン”の贈り物

”ルイス カーン”の贈り物

”ルイス カーン”(1901-74)は、アメリカの建築家であり近代建築の巨匠の一人である。テキサスフォートワースのキンベル美術館では、自然光を巧みに取り入れた斬新かつ精神性の高い空間を残した。


キンベル美術館 2003年12月撮影
閉鎖的な外観は工場のような無機的な印象 (建設最中は馬小屋とも皮肉られた) を与えるが、内部は「奇跡的な光」が降り注ぐ豊かで人間的な空間系「部屋の反復 (Repetition of Rooms)」がある。

カーンは50歳代から急激に多忙になり、米国だけでなくインドや東パキスタン(現在のバングラディシュ)、イスラエルなどのプロジェクトを抱え世界中を飛び回った。そしてインドからの旅の帰途、ニューヨークのペンステーションの公衆トイレで心臓発作により73歳で息を引き取る。カーンはバングラディシュのダッカに2つの建物を残している。

 

シャヒード スフラワルディー病院(旧アユブ国立病院)

Shaheed Suhrawardy Medical College Hospital

「おいレンガ、君は何になりたいの?」「ぼくはアーチになりたい。」


巨大なレンガのアーチの顔(ファサード) 2019年3月撮影

東パキスタン時代にアユブ国立病院として開設、独立後はバングラディシュ政府が管理する大学病院となり、現在ではシャヒード スフラワルディー メディカルキャンパスの中心の建物として使われている。民間の高級病院ではなく、様々な患者を受け入れる公立の大学病院である為、多くの人々で溢れかえる。強い日差しを遮るためのレンガアーチの巨大なアーケードが正面広場に開いており、駅舎のようなスケール感を有する。アーケードは二重になっており、奥行きがあり、内部と外部が豊かに繋がる。これだけ広い空間の為、多少の人数が集まっても全く問題ない。カーンが、現在のように多くの人々でごった返す状況を想定し、この空間を用意したかは定かではないが、巨大な病院の導入空間として、都市的なスケールをもつ街と建物を繋ぐ公共空間としてデザインしたことは確かであるし、見事に成功している。


都市的なスケールを持った病院入口の賑やかなアーケード、幅員は52フィート(約16m)、高さは30フィート(約9m)      2019年3月撮影

このレンガのアーチは純粋なレンガ造であり、2フィート(約60cm)の厚さの存在感のあるレンガ壁によって、ワッフルスラブの床を支えている。率直で力強い迫力のある構造表現だが、現在の構造ではなかなか実現できない手法である。カーンはアメリカでもレンガの建物を多く設計しているが、初期はレンガでも普通にリンテル(まぐさ)を入れて四角い窓を開けていたが、この場合は通常リンテルをべニアレンガで隠す、徐々にレンガ本来のアーチの開口表現を好むようになる。特にこの建物のアーチでは43フィート(約13m)の大きなスパンを実現するため、中間にポスト?テンションのプリキャストコンクリート(Precast Concrete)の極細の梁、幅24インチ(約60cm)高さ18インチ(約45cm)、を入れて飛ばしている。この構造手法はアメダバードのインド経営大学でも用いられている。この建物を写真で初めて見たときの第一印象は、「なんか変な顔」と思ったのだが、何度も見たり実際に中に入って体験すると、不思議と記憶に残る愛嬌のある表情で親しみがわく。バングラディシュではフィート・インチが使われているのは、カーンによってアメリカの設計システムが普及した為なのではないかと予想しているが、地元の建築家からは、はっきりとした回答は得られなかった。現在の設計ではメートル系の設計を始めているようであるが、現場はレンガの文化なのでそう簡単にフィート・インチの寸法が使われなくなることは無いだろう。


西向きのアーチから、午後の日が差し込む。アーチの前にプランターを作ってしまった…..  2019年3月撮影

バングラディシュ国会議事堂

もう一つの建物はバングラディシュの紙幣のデザインにも使われている国会議事堂である。建設は東パキスタン時代の1961年に始まり、バングラディシュ独立戦争中の中断を経て、1982年に約20年近くかけて完成させた。ここまで時間がかかった理由は、もちろん政治的に極めて不安定な時代であったことが大きな要因だが、妥協を許さないカーンのデザインや、また当時「世界でもっとも貧しい国」とまで言われたバングラディシュで、コンクリートポンプ車など重機を使わず、手作業でこの建物を建てたことにある。良く見ると、目地や輪郭線が微妙にずれたりしており、程よく整い過ぎておらず、それがこの建物の表情に人間的で「野生的な」味を与えている。


近景からはシリンダーが機械的なイメージも与え、少し不気味である。遠景からは、水に浮かぶイスラムの宮殿、蓮の花のようなプロポーションが読み取れる。   2019年5月撮影

予約すればすぐ見せてくれると高をくくっていた。けれども見学するためには、色々書類を提出し審査を受ける必要がある為、申請してから許可されるまで時間がかかる。出張期間中になんとか許可が間に合い、ついに議事堂を見に行く機会を得た。中心の議事堂を含め見せ場はおおむね見学させてもらうことができた。最初は薄暗く感じるが、目が慣れてくるときれいな光を感じるのはキンベルと同じである。大きな円形の議事堂が中心にあり、その周りに資料室や控室などが収まる四角や円形の建物が曼荼羅状に配置されている。議事堂の回りはぐるりと回遊できるようになっており、室内だが、建物に囲まれた都市空間のような外と内が反転したような空間、「外部化された内部( Exteriorized Interior )」である。ラ・ロトンダのような対称の平面図からはなかなか予想できないが、中は迷宮都市のような多様な空間系を形成している。実際に方向感覚が狂う。中の撮影は禁止となっているため内部の写真は一切無いが、議事堂のシェル天井は圧巻である。カーンはこの建物の完成を見ることなく他界したが、バングラデシュの国会議事堂であるが、入口ホールにはアメリカ人建築家ルイス カーンの特別コーナーがあり、手書きのドローイングや肖像写真などが展示されている。バングラデシュの人たちにいかに敬愛されているかを物語る。

古代遺跡に魅了された建築家は、時代錯誤と揶揄されながらも信念をもって、遺跡のような建物を作り続けた。約半世紀経過したこれらの建物を見ると、まさに遺跡のような存在感を放ちながら、さらにこれから朽ち果てるまで存在し続けるであろう建築の「力」を見せつけられる。たとえ事務所が火の車になろうとも、施主の言うことを聞かずに自分の信じる建築を作り続けたカーンの魂、そして彼の意思を引き継いだ弟子たちの執念、そしてこの建築を築き上げた無数の労働者たちの血と汗の結晶が、ダッカのこの2つの建築に宿り続けている。

新野裕之 Hiroyuki Niino

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