ラファエル・ヴィニオリから学んだこと

What I learn from Rafael Viñoly

2023年3月3日、ようやく春めいて来たひな祭りの週末に、NY時代の師ラファエル・ヴィニオリ Rafael Viñoly (RV)急死の知らせが届いた。78才であった。筆者は2000年から2003年の間、ラファエル・ヴィニオリアーキテクツ Rafael Viñoly Architects (RVA)の所員として働いた。20年以上も前の短い期間であるにも関わらず、RVAで過ごした日々は今でもヴィヴィッドに思い出すことができる。2000年、ボストンのハーバード大学院GSDを卒業し、RVAのボストン展示会議場(BCEC)の現場事務所の門を叩いた。当時筆者は31で、RV先生は当時から白髪で存在感のある風貌でだいぶ上の世代だと勝手に思い込んでいたが、まだ50半ばの現在の筆者とほとんど同世代だったのである。


【写真1】サウスボストン地区の広大なBCECの現場、港からの直接輸送のための鉄道貨物基地の跡地。映画“グッド・ウィル・ハンティング”で、マット・デイモン、ベン・アフラックらの演じるアウトサイダーたちが住んでいた廃れ行くネイバフッドがあった。

手を動かし模型を作り検討せよ

まず学んだことは、デザインツールとしての模型の重要性である。数多くの関係者、すなわち施主、デザインアーキテクト、構造や設備のエンジニアなどが携わる建築の仕事において、皆がもっとも分かりやすく共有し検討できるメディアが模型である。すなわちコミュニケーションの手段としての模型。昨今はコンピューターから生成さるCGに頼りがちであるが、実際に自分の手を動かし模型を作ると、コンピューターの中だけでは理解できない建築の“何か”を発見できる。BCECサイトオフィスの奥には、模型の作業スペースがあり、大きな全体模型が置かれていた。縮尺は1/8”=1’-0”、10進法に換算すると1/96、約1/100となる。大屋根の尻尾から先端までの全長は466mなので、模型でも5mほどにもなる。


【写真2】BCECの全体模型、縮尺は約1/100で5mほどの長さになる。RVは現場事務所に来るたびに修正を指示し、この模型を何度も作って壊して直してのデザインが進められた。

この1/8”=1’-0”の全体模型を基本とし、1/4” = 1’– 0” (1/48)、3/8″= 1’-0”(1/32)、、、1” = 1’-0”(1/12) といった全体から部分詳細模型まで、ステップ・バイ・ステップにスケールを大きくしてデザインを検討していく。ばりばり日本人の筆者には慣れないインチの12進法のスケールに苦労したものである。


【写真3】1/4” = 1’ – 0”(約1/50)の断面模型、このスケールになると、内部空間のプロポーションが把握できる。床、壁、天井には目地を入れ、パネルの大きさなどが検討された。


左【写真4】ファサードの部分模型   右【写真5】モックアップ

日本の建築業界の皆さんは、このようなスチレンボードを使った白模型は“日本的”に感じると思う。その訳は、当時筆者より1年早くGSDを卒業し先に現場事務所に合流していた、槇事務所出身の日系アメリカ人の優秀なアーキテクト、ササ・オサムさんの影響である。彼がファサードデザインを担当しており、若いアメリカ人スタッフにスチレンボードの模型製作の手本を示していた。ちなみに本部のNYオフィスのモデルショップのリーダーもタケシさんという日本人であった。東京国際フォーラムの迫力のある模型でRV先生に気に入られ、アメリカに招かれた伝説の相棒である。このように、RVAには日本人譲りの建築模型の文化が根付き、そしてそのデザインの重要なツールとなっていたのである。

影を落とし、表情を与えよ。「ソース顔」の建築

われわれ昭和世代には馴染のある表現だが、平成生まれの学生に「しょうゆ顔」と「ソース顔」の話をするとキョトンとされてしまう。「しょうゆ顔」とは“あっさり”した和風な顔立ちのことで、「ソース顔」はその逆の“濃い”洋風な顔立ちを示す。言い換えると、標準的な多くの日本人の「しょうゆ顔」に対し、ギリシャ彫刻のような彫りの深い「ソース顔」となる。映画“テルマエ・ロマエ”のキャストは「ソース顔」の代表格となる。日本人のルーツは「北方系モンゴロイド」と「南方系モンゴロイド」と言われるが、前者が「しょうゆ」後者が「ソース」と言い換えることができる。実際には日本人の顔は両者のハイブリッドであり、どっちつかずの顔も多い。


左【図1】「しょうゆ顔」歌麿の美人画  右【図2】「ソース顔」ミロのヴィーナス

さて、少々乱暴な議論となるが、「しょうゆ顔」の日本人は、建築においてもあっさりとフラットなファサード、「しょうゆ顔」のデザインを好む傾向が多いと考えている。谷口吉生の豊田美術館や、SANNAのNYの美術館などを分かり易い例として挙げてみたい。それに対し、RVの建築は「ソース顔」ということになる。あっさりとしたフラットな顔ではなく、「出っ張り」や「引込み」をつくりファサードに表情をつけるのである。昔、美術の先生に石膏デッサンを教えてもらった際、“目を細めて対象を観察すると陰影が分かる”と教わったものだが、まさにRV先生も、スケッチをする際や、模型を眺めるときに、しばしば目を細めながら陰影を捉えていた。彼のルーツであるアルゼンチンには、コルビジェのクルチェット邸、クロリンド・テスタのロンドン銀行など、彫の深い南米モダニズム建築の豊かな表現の源泉を見つけることができる。もちろん、岡本太郎が指摘していたように、日本の芸術にも、弥生(しょうゆ)と縄文(ソース)の両義性があることは付け加えて置く。


左【図3】SANNAのNYの美術館   右【図4】RVAのBCECファサードの陰影表現

 

条件から見直し、建築の可能性を引き出せ

もう一つは、設計条件から考えていく姿勢である。BCECの現場事務所からNYに異動し、担当したのがUCLAのキャンパス内の研究施設のプロジェクトだった。与えられた敷地は、UCLAの広場に面した長方形の敷地であった【1】。敷地背後には既存のパーキングストラクチャがあり【2】、クライアントから要求されているプログラムを「ふつうに」詰め込むとタワー状の建物となる【3】。そこでRVAが提案したのは、パーキングストラクチャの上空を活用する水平案である【4】。

【1】【2】

【3】【4】

この水平構成により、タワー建築のエレベーターによる移動から解放され、ラボを利用する学生や教員が水平に自由に動き回り、さまざまなコミュニケーションの場の提供が可能となった。このように建築の可能性を引き出す為には、時には与条件から見直す柔軟な発想が必要となる。


【写真8】UCLA, California NanoSystems Institute © Rafael Viñoly Architects

合理主義の精神

RVAの建築は、合理主義の計画が貫かれている。例えば、BCECでは1階が展示場へのローディングドック(荷解き)のサービスレベル、2階が客である利用者の為のコンコースレベルと完全に異種動線を区分する。UCLAの研究施設の計画では、インタースティシャルスペースという設備階を用意し、維持管理や長期的な大規模修繕に対応可能なような構成とするとともに、その設備階を橋のようにブレースで固め構造的に頑強な水平な箱として設計した。水平な箱を支える要素は、EVや階段などの垂直動線や設備シャフトとしての機能をもつホローコラム(Hollow Column※)として計画し、無柱のオープンラボを達成した。このように構造は重要な建築表現として活用する。たとえば東京国際フォーラムの斜めに架けられたブレースとしてのブリッジは、分かりやすい例である。 ※仙台メディアテークの「チューブ」はホローコラムの例

大きく捉えれば、合理主義の精神は建国以来のアメリカに根付く文化である。白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系など多種多様な人種が集まる合衆国では、明快で分かり易い合理的な目標や方法が、第一に求められる。建築家、エンジニア、施工者、施主のすべてが、民主的に議論をしながら、もっとも合理的な解決策を見出すよう努力する姿勢である。

皆と共に楽しくデザインせよ

RVはその卓越したデザイン能力と、強いリーダーシップとその個性的なキャラクターによって成功したことは言うまでもないが、それ以上に人々とのコラボレーションを大切にした建築家であった。すなわちその建物に関わるすべての人たち、RVAの所員、外部のエンジニア、そして施主を巻き込み、共に、その力強い建築のアイディアを実現することに命を懸けた。厳しい面もあるが、基本的にラテン系のエネルギッシュで明るくユーモアに満ちた暖かい人柄で、冗談や皮肉を交えながら皆と活発に議論することを愛した。また夜中にピアノ室に閉じこもってスタインウェイを弾いて憂さを晴らしていた。もともとピアニストを目指していた彼の演奏は趣味の域を超えていたのだが。スタッフを呼ぶ時に(日本人以外でも)誰構わず“さん”付けで名前を呼んでいたが、命令口調を和らげるための心遣いだったのだろう。

東京国際フォーラムからRVと共に30年以上働いてきた重要なパートナーであり、20年前にBCECの現場事務所の責任者であった チャンリー・リンChanli Lin は、筆者の弔意に対し“最後まで彼がもっとも愛したこと、すなわち事務所の仲間・クライアント・コンサルタントの皆を鼓舞し、共同作業としての頂上を目指しながら亡くなった”と記した。

ラファエル・ヴィニオリ先生、どうもありがとうございました。

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